大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

前橋地方裁判所高崎支部 昭和41年(ワ)155号 判決 1968年11月27日

原告

岸伊三六

ほか一名

被告

青柳茂

ほか一名

主文

原告等の請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告等の負担とする。

事実

(当事者の申立)

原告等訴訟代理人は、

被告等は各自、

原告岸伊三六に対し金一、九一六、三一六円、

原告岸トラ子に対し金一、九一六、三一六円、

及び右金額に対する昭和四一年九月二九日より完済まで年五分の金銭を支払え。

訴訟費用は被告等の連帯負担とする。

との判決及び仮執行の宣言を求め、

被告等訴訟代理人は主文と同旨の判決を求めた。

(当事者の主張)

第一、原告等の請求原因

一、原告等夫婦の間に出生した長男岸初男(昭和二七年一二月六日生)は左記交通事故により傷害を受け、よつて昭和四一年三月一二日午前一一時五五分死亡したものである。

すなわち同年三月一一日午後四時一五分頃北群馬郡榛東村大字広馬場一、二三八番地先県道上を被告青柳が被告会社の大型バスを運転して安中方面から渋川方面に向けて進行中、その約一五米前方を同一方向に自転車で進行中の初男が転倒し、立上ろうとするところをバスの左前部に衝突させて、初男に対し右頬骨、前頭骨開放性骨折、左頭頂、後頭部挫裂創、前頭部挫裂創、脳挫傷、右下肢挫裂創、会陰部挫裂創の傷害を負わせたのである。

二、被告群馬バス株式会社は右大型バスの所有者であり、本件事故は右車両がその営業路線を運行中に惹起したものであるから、被告会社は右自動車の運行供用者として右事故により生じた損害の賠償責任がある。

三、本件事故現場は県道渋川安中線の舗装道路で、僅かにカーブしているが見通しは良く、当時本件バスと同一方向に自転車で進行する初男外三名の中学生がバスの左側前方に居たのみで、対向自動車又は先行及び後続の自動車はなかつた。

かような場合自動車の運転者が年少者を追越すについては、之等自転車の動向を注視し、安全に追越す為十分な距離間隔を取り、警笛を鳴らして注意を促し且つ減速する等して事故の発生を未然に防止すべき注意義務があるのに被告青柳は之を怠り、漫然時速約四〇粁の速度のまま進行した為、自車の前方約一五米の地点で転倒した初男を発見し乍ら之を避譲することが出来ず、立上ろうとする初男の背後に車両の左前部を衝突させ、左前輪で同人の身体を轢過して前記の傷害を負わせ、よつて同人を死亡させたものであつて、同被告の右過失は本件事故発生の原因をなすものであるから、右事故により生じた損害につき同被告はその賠償責任がある。

四、亡初男は昭和二七年一二月六日生れの満一三才の健康な男児であつて、本件事故がなかつたならば以後順調に生長し、少なくとも満二四才に達した時から後四〇年間に亘つて年額一二七、五二九円の純収入を得られる筈であつたところ、右事故により死亡し之を喪失したものである。

よつて右四〇年間に取得すべかりし収入につき、ホフマン式により年五分の中間利息を控除してその現価を求めると金二、八三二、六三三円となる。

五、初男は本件事故による死亡の為右の得べかりし利益を喪失したので同額の損害賠償請求権を取得したところ、原告等は初男の父母として右金額の二分の一(金一、四一六、三一六円)についてそれぞれ損害賠償債権を相続した。

六、亡初男は原告等の長男として一家の将来を託すべく期待をかけて養育につとめていたところ、中学一年生を将に修了しようとする矢先に本件事故に遭つたのであつて、原告等の落胆は筆舌に尽し難く、その心痛に対する慰藉料として原告等は各金五〇万円を被告等に対して請求し得べきである。

七、よつて原告等はそれぞれ被告等に対し右合計金一、九一六、三一六円及び之に対する本訴状送達の翌日の昭和四一年九月二九日より支払済に至る迄年五分の遅延損害の連帯支払を請求する。

第二、被告等の答弁

一、原告等主張の一、の事実中原告等と初男との身分関係及び初男の蒙つた傷害の詳細は不知、バスと初男との衝突の際の事実関係は否認、その他は認める。

二、同二、の事実は、被告会社に賠償責任があるとの点を除き認める。

三、同三、の事実中前段は認めるが後段は全部否認する。

四、同四、の事実は不知。

五、同五、の事実中原告等が損害賠償請求権を有することは争う。

六、同六、の事実中原告等が慰藉料請求権を有することを争いその他は不知。

第三、被告会社の抗弁

一、本件事故現場に被告会社の大型バスが差し掛つた際、運転者の被告青柳は進路前方の道路左側部分に子供等三―四名が自転車に乗つて先行するのを認めたので、クラクションを鳴らして注意を与え、且つ対向車が無いことを確認した上時速二〇乃至三〇粁で道路中央線を超えて道路右側部分を通過しようとしたところ、被害者初男が自動車の方へ倒れるように跳び込んで衝突し傷害を受けるに至つたもので、運転者たる被告青柳には何ら過失がなく、却つて被害者に過失があつた。

二、本件事故発生の際に運行した大型バスは、その運行前に被告会社において整備点検を完了していたもので、右自動車には構造上の欠陥又は機能の障害がなかつた。

第四、原告等の答弁

被告等主張の抗弁一、の事実中亡初男に若干の過失があつたことは認めるも、被告青柳が無過失であつたことは争う。

すなわち初男は当時一三才の少年であつて、同年輩の友人と自転車で進行していたので、群集心理も与つて危険に対する弁識能力も劣つていたから、被告青柳としては、少年等を追抜く際に左前方及び側方にも十分の注意を払つていたならば、被害者が転倒することを逸早く発見し、停車又は避譲して事故の発生を防止し得た筈であるから、同被告も事故発生についての一半の責任を免れないのである。

(証拠)〔略〕

理由

一、昭和四一年三月一一日午後四時一五分頃原告主張の道路上で被告青柳茂の運転する被告会社所有の大型バスと岸初男とが衝突し、同人が傷害を受けた結果翌三月一二日午前一一時五五分同人が死亡したこと及びそれが被告会社の営業路線運行中の事故であることは争いがなく、右傷害の部位、詳細が原告等主張の如くであることは〔証拠略〕により明かである。

二、次に右事故の発生につき、原告等は右自動車の運転者被告青柳に過失があつたと主張するに対し、被告等は之を争い、かえつて被害者岸初男に過失があつたと主張するのでこの点について検討する。

〔証拠略〕を総合すれば、原告主張の日時頃被告青柳が被告会社の大型バスを運転して前記事故現場付近に差しかゝつた際、道路左側前方を岸初男ほか三名の中学生が自転車で走つていたので、初男の手前約一六米の地点において、同被告は之を避けて道路(幅員は五、九米)の右側に寄り乍ら時速約三〇粁の速度で通過しようとしたが、偶々先行していた少年の一人近藤喜代司が自転車から降りて道路の左端で後続の岸初男を待つていたところへ、同人が相当な速度で走り乍ら近藤に近付いた際、初男が近藤の自転車を蹴つたか或は近藤が初男の自転車を蹴つたか(そのいずれであつたかは明かでない)して、初男が平衡を失つて道路の中央寄りにフラフラと倒れかゝつたので、被告青柳は急遽ブレーキを踏んで急停車の措置を講じたが及ばず、自動車の左前輪で倒れた初男を轢過したこと、この場合少年達が自動車の接近しつゝある道路上で戯れた為初男が転倒したのであるが、被告青柳としてはそれが突然の出来事であつて、初男が倒れかけた時には自動車は既に初男の右斜後方に迫つていた為停車する余裕がなく、しかも自動車は殆んど道路一杯に右に寄つていて避譲する余地もなかつたことが認められる。

右認定の事実によつて考察するに、初男や近藤喜代司は少年とは云え既に中学生であつて、今日の交通事情の下において道路上で戯れることの危険性を十分認識し得る年令に達していたものというべきであるから、被告青柳としては、少年達が前記のような危険な行動に出ることを予測せず、安全にその右側を通過し得るものと信頼し、前記のようにそのまゝ進行を続けていたのであつて、突如として倒れ込んで来た被害者を避け得なかつたことが同被告の過失によると認めるのは無理であり、却つて初男又は第三者たる近藤喜代司のいずれかに過失があつたものというべきである。

三、更に〔証拠略〕を総合すれば、本件事故に際し同被告の運転した自動車は十分点検整備されていて構造上の欠陥又は機能の障害がなかつたことが認められる。

四、以上の通り本件加害自動車の運転者被告青柳に過失なく、又右自動車の運行供用者たる被告会社には自動車損害賠償保障法第三条所定の免責事由があるのであるから、被告等はいずれも本件事故による損害について賠償責任を負ういわれはないのである。

五、よつて原告等(亡初男の父母であることは〔証拠略〕により認められる)より被告等に対し右損害の賠償を求める本訴請求は、原告等のその余の主張につき判断する迄もなく理由がないこと明かであるから之を棄却することとし、主文の通り判決する。

(裁判官 小西高秀)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例